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令和5年3月八日講が勤まりました

春を感じる暖かい気温になり、非常に過ごしやすい日になりました。そんな中、8名の方がお参りされました。

本日の布教使は、香川県高松市、聴徳院・河野法正師でした。冒頭のお話で、「自分の祖父母もこの佛光寺本廟に納骨されているが、私達って亡くなられた方のお骨をお寺に安置(納骨)してもらって、安らかに眠ってくれて安心している事ってないでしょうか」、と言われました。確かにそのような思いになる事ってあるなぁと思いました。

でも私達の阿弥陀さんという仏さんは、安らかに眠るどころか、ずっと私達にはたらきかけて下さっている。そのはたらきは私達がどう変わっていこうが仏さんから届いてくる。仏さんが私達に勝つまで、ずっと届いてくるのであると言われました。

そうやって私達に届いてくるはたらきの内容ってどんなものなのか?
私達に「この賜ったお前の【いのち】を悔いなく、これで良かったと思える人生を歩んでほしいという仏さんからの願い」ではないかと私は頂きました。
何もかもが当たり前で、何の有難みもない日々の生活。実はそれは逆であって、何もかもが当たり前ではなく、様々な事柄や関係性に生かされながら、お育て頂きながらの日暮らし。そしてその日暮らしは私が思っている以上に尊いものであって、この上ない日々を今、こうして暮らさせて頂いているのであるという事。そういう事を改めて感じさせて頂いた貴重な時間でした。