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令和4年9月八日講が勤まりました

9月に入り、朝晩は少し涼しさを感じる季節になって参りました。しかし今日の日中は蒸し暑い日でしたが15名の方がお参りを頂き、令和4年9月の八日講が勤まりました。

本日の布教使は鹿児島県出水市、清立寺住職・藤代尚師でした。普段使っている鹿児島言葉では分かりにくい事も多々あると思うので標準語でお話をしますと言って頂き、優しい口調で分かりやすくお話をして頂きました。
来年33回忌を迎えられるご自身のお父様のお話をされました。昔若い頃は分からなかった父親の思いを周りのご門徒さんから教えてもらった。父が学生の頃、親の反対とお寺のための学業優先で大好きな野球を続ける事が出来なかった。また東京で新聞記者をやっておったが、お寺のためにという事で周りから説得をされ記者を辞めて鹿児島に戻って来た事。おそらく自分がやりたかった事がお寺があったために何も出来なかった。そのような事を聞いた。父は私達にはそのような事は一切話をしなかったし、お寺を必ず継ぎなさいとも言われなかった。おそらく父親自身がそういった自分の好きな事を出来なかった人生だったから子どもには、そのような目には合わしたくないという思いがあったのではないか。

今は住職という立場で父親の思いを引き継ぎながら法務をしているが、違う道だったとしても応援してくれたのではないか。どんな状況だったとしても、「すべてを喜び、許し、認める」そういった有難いおはたらきがあったのではないか。それは今でもこの私にはたらいています。本当に有難い事です。とお話をされました。亡き父や母の思い・・・。なかなか面と向かって聞く事はなかったかもしれない。もしかしたら周りの人から教えてもらう事だってあるかもしれない。でもそういった思いに耳を傾けてみる。それも亡き方を偲ぶことなのかもしれません。