令和8年9月八日講が勤まりました!
秋雨前線の影響で雨が続いており今日も雨模様の日でありましたが、15名の方がお参りをいただきました。

本日の布教使は、鹿児島県清立寺・藤代竹哉師でした。数年ぶりに佛光寺本廟にてご法話を頂戴しました。ゆっくりと丁寧な口調でご自身が勤務されておられる葬儀会社の話で、上の方に指導をいただいた際のことです。
すごく曖昧な指示で、ご自身が非常に困ったことがあったことを赤裸々にお話されました。何でこんな指示しか出来ないのか。これではお客様にあたるご遺族にも迷惑がかかるのではないか。色々と葛藤があったそうです。しかし今となっては、そのことが後輩や部下・次の世代の方々への指導としていく中ですごく生きておる、活かされておるということを言われました。

私たちは、自分の思いで生きています。自らの勝手な納得で自分は絶対で正しいと思って生きています。だからせっかく言ってもらったことに対しても、鬱陶しいな、腹が立つなと思ってしまう。
ご家族の例えをお話されました。朝、学校に出かけられる大学生、高校生の子どもさん達に「忘れ物はないか、時間に余裕はあるか、くれぐれも気を付けて行くように。。。」と伝えると、小さい頃は「大丈夫!行ってきます!」と反応をしてくれたが、今は本当に鬱陶しいそうに、無言で家を出ていく。

私も子どもがいますが、子ども達が学校に出かける際には同じように「忘れ物はないか、時間に余裕はあるか、くれぐれも車には気を付けて」と言って送り出します。まだ幼いので、「大丈夫!行ってきます!」と言ってくれます。
ただ、母親も私が出かける際は、同じことを言ってきます。「忘れ物はないか、時間に余裕はあるか、くれぐれも車には気を付けて。」それを言う側の気持ちも分かるんです。でも私のそれに対しての反応は、「分かってる!いちいち煩いな!」と答えてしまっています。せっかく言ってもらったにの・・・。
でもある日、いつものようにお参りに出かける際、母親に「忘れ物はないか」と言われました。いつものように鬱陶しいなぁと思いましたが、ふと確認をしてみようと思い、持ち物を確認をしました。そうするとなんと、経本を持つのを忘れていたんです。
いやぁ助かった~!!と思いました。
普段は自分の価値観で母親の言葉に鬱陶しいと思って聞く耳を持たなかった自分・・・。そんな情けない自分の姿を思い出させていただいた時間でありました。
